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こころ温まるお話「合唱コンクール」

       

ある日、家に帰ると中学3年生の娘がピアノを弾いていた。

「なんだか難しそうな曲ね」

何度か同じところでつまずいては弾き直しての繰り返しで、難しい曲の練習をしているようだ。
娘は楽譜から目を離さないまま「今度のコンクールの曲なんだ」と返事をした。

「えっ?リサちゃんコンクールでピアノ弾くの?!」

引っ込み思案の娘が唯一積極的に続けてきたピアノだが、1年生からずっと同じクラスにピアノの上手な子がいて、今までコンクールで弾いたことなどなかった。

「ううん、違うの。ただ弾いてみてるだけだよ」

ここ最近、「伴奏やってみたいな」とこぼしていたので、その願いが叶ったのかと先走ってしまった。
少し気まずい気分だったが、幸いにも娘は気にする様子もなく、黙々と曲を弾き直していた。

夕食の支度が終わる頃、娘が背中を伸ばしながらキッチンに入ってくる。

「んー!やっぱり私には無理かな!上手く弾けたら先生に聴いてもらおうと思ったんだけど」

そう明るく言いながらも、どこか浮かない顔で「運ぶの手伝うね」と、お皿に手を伸ばす娘を見て、私はあることを思い出した。

「ねえ、リサちゃん。久しぶりに『月の光』弾いてよ」

普段することのないリクエストが意外だったのか、娘は「え?…あれぐらいなら簡単だからいいけど」と手を止める。

「本当?でも、あの曲だって昔は難しそうに練習してたけどな」

ピアノを始めたばかりの頃、娘が何度も失敗して、ピアノが嫌いになってしまうのではないかと心配した曲だ。
でも、熱心に練習を重ねて立派な演奏を披露してくれた。

「それは昔の話!」と言いながらも「まあ確かに、あの時と一緒か」と呟いたのが耳に届く。

「絶対に先生に聴いてもらうんだよ」

私がそう言い終えると、娘は小さくうなずいてピアノの音を響かせ始めた。

その秋の合唱コンクールでのこと。
娘は例年通り、アルトの一員として舞台に並んでいる。最後まで努力したが、伴奏は他の子に決まったのだ。
それでも、壇上の娘は堂々とした姿で立っている。
私も誇らしい気持ちで見守っていると、娘はパートリーダーとして紹介され、こんなスピーチをした。

「一人ひとりが自分の力を出し切って、悔いのない、最高の合唱を届けたいと思います」

     

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