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こころ温まるお話「手間をかければ」

       

この春僕は、趣味の「旅」で出会った珍しい野菜をきっかけに、野菜の移動販売を始めた。
なかでも『アピオス』という野菜がおすすめで、
生では食べられないがひと手間かけると、じゃがいものようなホクホクした味わいと、
ナッツや栗のようなほのかな甘さがおいしく、しかも栄養が豊富!
ぜひこの素晴らしさを知ってほしくてお客さんに魅力を説明しようとするのだが、あまり興味を持ってもらうことができずにいた。

ある日、農家の友人から「ファーマーズマーケットに出店しないか」と誘われた。
農家が自分たちで作った農産物を売り出す市場のようなもので、新鮮な野菜や果物はもちろん、
珍しい農産物が並んでいないか楽しみに来場するお客さんも多いのだという。

出店当日、誘ってくれた友人がお店の様子を見に来てくれたので、
調理したアピオスを勧めると彼もそのおいしさを認めてくれた。

「この野菜が特におすすめなんだけど、いまいち売れないんだよね…」
そうこぼす僕に、友人は「ユウキくんは、なんでこの野菜が気に入ったの?」と尋ねる。
熱が入ったように魅力を語る僕の弁を、彼はにこにこと楽しそうに聞いてくれた。

そのとき、お店の前に子連れの女性がやってきた。
いつものように、これまで出会ったおすすめの野菜を紹介していると、
友人が隙を見て「ちなみに、普段はどんな料理をよく作りますか?」と質問した。
「子どもが好きな、カレーやシチューが多いです。でも野菜があまり好きじゃないので、おいしくて栄養のあるものがあれば…と思って」
女性のその言葉を聞き、友人が「じゃあアレがぴったりじゃない?」と言ってくれてハッとした。
「それならこれ、アピオスがおすすめですよ!生食はできないけど、栄養価は高いし、煮込み料理にピッタリです!」
そう言うとお客さんは、僕が初めてアピオスに出会ったときのようにワクワクした顔になり、喜んで買ってくれた。

お客さんが帰ったあと友人にお礼を言うと、彼は
「野菜は育てるのも売るのも手間がかかるけど、その分お客さんの喜ぶ顔が見れると嬉しいよね」と言った。

僕は好きな野菜を売ることで頭がいっぱいで、それを食べてくれる人の生活までは見えてなかった。
お店に並ぶ野菜を見ながら、あらためてまだ見ぬお客さんのことを想像してみる。
それはまるで、僕の大好きな旅のような時間だった。

     

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