院長ブログです
「あら早起きね」
洗面所で顔を洗っている私の背中に向かって、母親が少し驚いたように呟いた。
「そうかなあ、いつもよりはゆっくり眠れたけど」
大学に進学して数か月。
慣れない一人暮らしと、学業やアルバイトに追われる生活に少し疲れ始めていたが、夏休みに入ったことをきっかけに、実家に里帰りしていた。
「やっぱりウチは楽だなー!」
心の底からそう言うと、母は「私は逆に忙しくなったんだから、掃除ぐらい手伝ってね」と冗談交じりに言い残し、バタバタと家事を再開した。
母の小言に懐かしさを覚えつつ、申し訳ない気持ちになった私は素直に母の言葉に従うことにした。
昔は自分の部屋と、たまにお風呂掃除をするぐらいだったから気づかなかったが、いざ家全体を掃除しはじめるとかなりの重労働だ。
居間の掃除をしてると、戸棚の中にマグカップほどの小包が置かれているのに気づいた。
戸棚に置いておくにしてはちょっと小綺麗な包装紙に包まれていて、軽く振ってみると、カタカタと小さな音がする。
「おはよ~」と頭をくしゃくしゃとかきながら、気の抜けた声で現れたのは妹だ。
「あんた、もうすぐお昼だよ」
「夏休みなんだからいーのっ」
まったく、と思いつつ、私もついこの間まで似たようなものだったので、強くは言えない。
妹はそのまま通り抜けて台所に行こうとしたが、私が持っている小包を見て「それ、結局お姉ちゃんに渡したんだ?」と声を漏らした。
妹になんのことか尋ねると、この小包はどうやら、母が私に送ろうとしていたものらしい。
「今はスマホがあるから要らないんじゃない?って言ったら少し寂しそうだったから、余計なこと言ったかなーと思ってたんだけど、渡したなら良かった」
そう言いながら、妹はちょっとほっとしたような様子で台所へ消えていった。
数日経ち、思う存分里帰りを満喫した私は、実家を発つことにした。
「コンビニや外食ばかりじゃなくて、ちゃんとしたもの食べるんだよ」
「わかってるよ!…あ、そうだ、お母さん、これもらっていくね」
そう言いながら私が取り出したのは、小包に包まれていた『目覚まし時計』だ。
私が昔から好きなヒヨコのキャラクターを模したもので、朝が苦手だった私のために母が探してくれたのだろう。
「あっ…、でもスマホもあるし、すっかり朝起きれるようになったみたいだから要らないんじゃない?」
「ううん、なんかちょっと物足りなかったし、それに…」
そう言いながら、私が手元の目覚ましを鳴らしてみせると「ジリリリリリリ…!」と、けたたましい音が鳴り響く。
「ほら、なんか『お母さんっぽい』でしょ」
時計の音を止めながら笑う私に、母はどこか嬉しそうな声音で「いい加減、親離れしなさいよ」と言いながら目を細めた。