院長ブログです
「うわ、やられた」
会社の昼休みにちょっとスイーツが食べたくなってコンビニに来たのだが、何度見ても無い。
傘立てに、私が差してきた傘が見当たらないのだ。中に戻ってビニール傘でも買うしかないか。
無くなった傘が戻ってくるわけでもないのだが、私は往生際悪く傘立ての前で思案にふけっていた。
「これ、良かったら使ってください」
最初は気づかなかったが、視界の隅に声の主が突き出した手が現れてやっと、それが自分に向けられた言葉だと気づいた。
「どうぞ」
そう言い、なおも突き出された手には一本の傘が握られている。
持ち手が木で作られていて、生地に艶や模様のある、ひと目で『しっかりとしたもの』だとわかる傘だ。
「いえ、そんな、受け取れません。それに、あなたの傘がなくなっちゃいますよ」
男性の申し出を断ろうとしたが「僕はほら、これがあるんで」と言って、鞄から折り畳み傘を取り出して見せた。
それでも、じゃあありがたく、とは言いにくい傘だし、どうするべきかと迷っていると、男性が何か言いかけた。
それを遮ったのは「あのぉ、すみません」という遠慮がちな女性の声だった。
「もしかしてこの傘、あなたのですか?」
そう言いながら彼女は自分の差している傘を指で指した。間違いない、私の傘だ。
「普段使っている傘によく似ていて、うっかり取って行ってしまったんです。本当にすみません」
心無い人に盗られたとばかり思っていたので、変な話だが、なんだかほっとした。
「大丈夫ですよ」と差し出された私の傘を受け取ると、彼女は申し訳無さそうに頭を下げて、そのまま振り返り、立ち去ろうとした。
「あの!濡れちゃいますよ?」
焦って呼び止めると、どうやら彼女がコンビニに来たときは雨が降っていなかったので傘を持ってきてなかったのだという。
すると、黙って事の成り行きを見守っていた男性が「どうぞ」と先ほどの傘を差し出す。
え?いえ、そんな悪いです。僕はこれがあるんで。どこかで見た光景が繰り返されたあと、男性が付け加えた。
「実はこの傘、僕も以前、人から貰ったんです。なので、同じ様な人がいたら、渡すって決めてました」
にっこりと笑う男性から傘を受け取ると、女性は傘を両手でしっかりと差しながらお礼をして、雨の中へ消えていった。
縁というのはこうして生まれるのかもしれない。
私は隣で見ていただけだが、同じようなことが起きたら、今日の男性みたいに誰かを助けてみたい、そう思えた。
「傘、戻ってきて良かったですね」
そう言って去っていく男性の顔は、とても晴れやかだった。