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こころ温まるお話「捨ててはいけないもの」

       

「これは捨ててはいけないものだ」

僕が暮らす地域のゴミ集積所には「番人」がいる。ゴミの分別や廃棄方法にとても厳しく、
少しの怠慢も見逃してはくれない。人生初の一人暮らしをはじめたばかりの僕は、
ゴミ捨ての度にまた「番人」に叱られるんじゃないかとビクビクしていた。

大学進学をきっかけに地方から上京した僕は近所に知り合いがいない。
都会は何かと便利だけど故郷に比べて人付き合いが希薄で、どうコミュニケーションを取ればいいのかよく分からない。
なんだか孤独で心細く、ちょっとしたホームシックになっていた。

その日も僕はおそるおそるゴミを捨てにいった。古紙回収の日で、ビニール紐で括った雑誌類をまとめて集積所に持っていく。
パンフレットの「ゴミの出し方」を入念に確認した甲斐もあって、「番人」に注意されることはなかった。
家に戻り、ホッとするも束の間。ああ、やっちゃった!と重大な事実に気付いた僕は、急いで集積所へと引き返した。

折り悪くトラックがいつもより早く到着していて、僕は積み重なったゴミの山から慌てて雑誌の束を引っ張り上げた。
「こらこら、何をしている」
結局またも「番人」に咎められてしまい、落ち込みつつも、僕は素直に事情を伝えることにした。
「すみません。間違って『捨ててはいけないもの』を捨ててしまったかもしれません」

その後収集を少し待ってくれた作業員に頭を下げて、僕は手に持ったそれに改めて視線を落とした。
それは故郷から持ってきた家族や友人たちの寄せ書き。
上京したての僕にとって心の拠りどころだったそれを、雑誌の間に挟み込んでしまっていたのだ。

「確かにこれは『捨ててはいけないもの』だな」
そう言って朗らかに笑う「番人」に、僕はお礼を告げた。雑誌の束から寄せ書きを探すのを手伝ってくれたのだ。

よくよく見れば故郷のお爺ちゃんに少し似ているかもしれない。
彼を眺めながら、知り合いと呼べるご近所さんが一人できたかもしれないなと、僕はそっと胸の内に思った。

     

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