院長ブログです
僕が働いている介護施設では毎年、夏祭りを開催する。
今年もその季節がやってきて、施設は賑やかな声と、お祭りを楽しみにしている笑顔で溢れていた。
かくいう僕も、そんな「浮足立ったみんな」のひとりだ。
「折り紙が足りない人はいませんかー?」
周囲に声をかけながら、飾り付けを作るための材料を配っていると、遠くの方でポツンと椅子に腰掛けているスズキさんの姿が目に止まった。
半年ほど前に入居したばかりで、物静かな性格のせいか一人で過ごしていることが多い。
「スズキさん!折り紙で何か作ってみませんか?」
そういって折り紙を手渡すと、「じゃあひとつ」と言って折り始めたのが、とても上手に折られたバラだった。
「すごく器用なんですね」と感嘆の声を上げていると
「昔から細かい作業が好きでね。手品なんかも得意だったんだ」と少し照れくさそうにしながら、もう一輪、もう一輪とバラを増やしていった。
夏祭り当日。
屋台を出したり、ゲームをしたり、賑わう施設内では、目玉企画として歌謡ショーも開催することになっていた。
ところが、出演予定の演歌歌手が急遽来られなくなってしまい、職員たちは大慌て。
代役や代案が簡単に用意できるわけもなく、「中止にするしか…」と諦めかけたその時、僕の頭にはあのバラが思い浮かんでいた。
そして迎えたイベントの時間。賑わった広間の中、ステージには緊張した面持ちのスズキさんが登場する。
見知った顔の登場に、困惑と静寂が広がる中、スズキさんが手を前に出すと、みんなの視線はその一点に集中した。
「…はいっ!」
という掛け声と共に、何もない手からパッと花が出てきたり、トランプが舞い上がったり、
みんなが知る物静かな姿からは想像もできない鮮やかな手品が披露されると、会場からは割れんばかりの拍手が沸き起こった。
「今日も賑やかですね!」
夏祭りの日を境にすっかり施設の人気者になったスズキさんの周りには、今日も手品を見に来た人たちが集まっている。
「こんな日が来るなんて思ってもみなかったよ。ありがとう」
スズキさんがそう言って僕の手を握ると、手の中にはあのバラが残されていた。