院長ブログです
ガシャン――
さっと血の気が引いたのは、割れたティーカップの音や破片に驚いたからではなかった。
それが、母のお気に入りだと知っていたからだ。
洗い物をしていたら、うっかり手が滑って、気づいたときには大きな音と共に割れていた。
「ミサキ、大丈夫!?怪我はない?」
音を聞きつけて様子を見にきた母は、私の視線の先を追って事態を察した。
ごめんなさい、と謝ると、母は特に怒るでもなく「怪我してないなら良かった」と笑って片付けを手伝ってくれた。
翌日、私は高校から帰ると、すぐにデパートに向かった。割ったティーカップの代わりを探しに来たのだ。
なかなかピンとくるものがなくウロウロしていると、可愛らしい北欧風のティーカップが目に入った。
色も母が好きなターコイズブルー。ひと目で気に入った私は、それを買って母にプレゼントすることにした。
「あのティーカップ、お気に入りだったでしょ?本当にごめんね」
プレゼントのティーカップを渡しながら謝る私に、母は優しく答える。
「確かにそうだけど、ずいぶん長いこと使ってたから、実はちょっとヒビが入ってたのよ。それに、代わりのプレゼントをミサキがくれたから大丈夫」
その答えにふと疑問を感じ、「そういえば、どうしてお気に入りだったの?」と尋ねてみる。
すると母は含みのある笑いを浮かべながら、古いアルバムを取り出して、嬉しそうにとあるページを見せてくれた。
若い頃の母と、幼い私が写っている。写真に写る母の手には例のティーカップがあった。
「小さかったから忘れてるだろうけど、あのティーカップはお母さんの誕生日にミサキが選んでくれたものだったんだよ。買ってくれたのはお父さんだけどね」
と、茶化すように笑ってみせた母は、当時の思い出が蘇ったのか、なんだか楽しそうだった。
数日後、私は『お花を入れたフラワーポット』を母にプレゼントした。
「今度はどうしたの?」そう言いながら包みを開けた母は、中身を見て驚く。
「割れたティーカップを何かに使えないか調べてたらね、フラワーポットにする、っていうのがあったからやってみたんだけど、どうかな」
正直、不慣れだったからお世辞にもいい出来とは言えなかったけど、母はとても喜んでくれた。
花を飾ったテーブルでお茶を楽しむ姿が、私にとっては忘れられない思い出になりそうだ。